カテゴリー「夫婦二人三脚 中山道六十九次の旅」の記事

2009年11月21日 (土)

中山道14日目 宮ノ越⇒福島

20091121_0605  この三連休は、天気が悪い???と思っていたのに、木曽路はピーカンでした。10時25分、宮ノ越の義仲館前の駐車場にGOLFを止めて出立です。
20091121_0607  淡々と秋の木曽路を歩きます。宮ノ越宿を出て小1時間、江戸へも京へも六十七里三十八丁268Km、中山道の中間地点に到着しました。国道から離れており、ほとんど車も走らなければ、人とも会わず、20091121_0612 川の流れや風が吹き抜ける音を聞きながら、のんびりと歩くことができます。
20091121_0613  12時30分、福島関跡に到着です。街道杖に焼き印を押して、福島宿の中へ。あっちこっちに「栗子餅」の文字を見つけ、「栗子餅ってどんなんだろうねぇ、おいしいのかなぁ、どんな味なのかなぁ」を繰り返し繰り返しつぶやく嫁さん。20091121_0614 どうやら一口でも食べないと気が済まない様子ですが、宮ノ越に戻る電車の時間が間近に迫り、木曽福島駅へ向かうダラダラ長い坂道をダッシュdashで登るはめになりましたsweat01
 今回は福島宿までのひと宿、木曽福島駅前まで8.8kmの旅でした。

<今日の旅>
 約8.8Km
 13,400
 10時25分
12時55分
  
宮ノ越(36次)⇒ 福島(37次)

 

Tenmonnen_5今年は世界天文年です

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2009年9月21日 (月)

中山道13日目 木曽平沢⇒宮ノ越

 天気良く、5連休シルバーウイークの中日で、奈良井駅前は、人と車で混んでいましたが、運良く1台分だけ空いていた駅前駐車場にGolfを止めることができました。P0210708 駅前バス停から塩尻行きのコミュニティバス(どこまで乗っても1乗車100円)に乗って平沢へ戻り、中山道13日目の始まりです。

P0210712_2  漆器の街平沢を抜けて奈良井川沿いに歩くとすぐに奈良井宿です。古い町並みをそのまま残した観光の街です。「木曽路十一宿街道杖」なるものを買うと、各宿場で焼き印を押してもらえるのを知り、奈良井観光協会で杖(1,200円)を買いました。 Sbsh000411_2 峠越えの助けにもなるし、宿ごとに焼き印を押して(自分で押します)思い出にもなるし、木曽路に入り、歩くのが楽しくなってきましたManzoku_2
P0210718  今日はこのあと峠越えで、しかも熊注意の情報もありました。碓氷峠越えの時も熊にビビってしまい、気もそぞろで歩いていた嫁さん。熊鈴探しに必死です。日用品を扱っている店を2軒あたりましたが「置いてないよ」とつれない返事でしたが「土産物屋においてあるかも」と教えてもらい、土産物屋をのぞくと、ありました。P0210727 カウベル形の方が音は大きいのですが鈴が2個付いた小さい物にしました。これを杖に結びつければ杖をつくたびに鈴が鳴り、ちょうど良い具合です。五平餅を食べ、水分を補給していよいよ鳥居峠へと向かいます。
Sbsh0023_2 どのくらいで越えられるだろう?上り90分、下り90分、休憩込みで4時間ぐらい?と考えながら10時50分、登り始めたのでした。P0210742道は一本道でしっかりと付いており、迷うことなく歩けます。ハイギング道になっており、何人ものハイカーとすれ違います。それでも恐がりの嫁さんは、杖を振って鈴を鳴らし、ステンレスマグカップをスプーンで叩いてカンカンと音をたてながら歩くので、P0210748 うるさいウルサイ bearing 森林浴気分も吹き飛んでしまいます sad 40分程で難なく登りきってしまい、峰の茶屋跡に立つ避難小屋でひと休みです。riceballおにぎりを食べ、今度は下り道です。P0210753 鳥居峠の頂上から藪原宿に向かう道の途中には所々bell熊除けの鐘bellがあり、その度に力をこめてnoteその鐘を鳴らすのは嫁さんnoteです。12時40分、消防署の前まで降りてきました。昼食休憩を取っても2時間たらずの峠越えでしたhappy01

P0210768  藪原宿も本陣跡や高札場跡を示す印が立っているだけ、藪原の一里塚にはD51がおいてありました。宮川漆器店で街道杖に焼印を押してすぐに出立です。

P0210779  藪原から先は、ただただ国道を歩くだけです。洞門の外側も歩きました。それでも歩道がある所は、まだマシな方で、大型トラックがびゅんびゅんP0210786 飛ばしているR19で歩道もない所を歩くのは命がけです。昔も今も京都まで命をかけて歩かないといけないようです04okotteru 旧道は残っていないので山吹トンネルを通らざるをえず、Sbsh0026_2 排ガスが淀んだトンネルの中をトボトボと歩くのでした。 トンネルを抜けて権兵衛峠への道が分かれると、山吹橋を渡ったあとでやっとR19から分かれて、巴淵です。ここ巴淵から先は、巴橋、義仲手洗の水、義仲館など、木曾義仲に関連した史跡が次々に現れます。

 今日は宮ノ越の宿に入った所で終わりです。宮ノ越駅から15時47分発のJRで奈良井まで戻るのでした。

<今日の旅>
 約14.8Km
 28,000
 9時05分
15時30分
  
平沢⇒奈良井宿(34次) 2.0Km
  奈良井宿⇒藪原宿(35次) 5.3Km(距離は短いが鳥居峠越え)
  藪原宿⇒宮ノ越宿(36次) 7.5Km

0001_2


!!

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2009年9月20日 (日)

中山道12日目 塩尻⇒木曽平沢

 1年3ヶ月ぶりの中山道六十九次の旅です。
 これまで武州路、上州路、信濃路と歩いてきましたが sad 史跡が少ない sad 名物(美味しいもの)が少ない sad 旧道が残っていない所が多い sad など、歩いても詰まらない要素が多過ぎて、「次回はこんな所を歩くんだ」とか「××まで歩けば△△が食べられる」とか、先の楽しみに乏しい街道歩きでしたZannen_2
 それでも、もうすぐ木曽路。木曽路に入れば古い家並みは残っているし、五平餅などを売っている店も増えるはず。交通の便も良くなり、JRを使えるようになるし、車道の端を歩く場所も減るかな?と期待しつつ、シルバーウイークを使って再び歩くことにしました。

Sbsh0012  塩尻駅前の駐車場にGolfを止めて、前回の終了地点(塩尻宿の外れ)、大門交差点までタクシーで移動です。久しぶりに立ったスタート地点を見て「ここはどこ?」と前回のことを思い出せないでいる嫁さんです。
P0200592  昭和電工の工場にそって歩き、工場の塀が切れると、畑や田んぼ、ぶどう農園などが広がり、途中にぽつんと平出一里塚があったり、平出遺跡のそばを通ったり、田園の真ん中をのんびりと歩くことができます。国道沿いにしばらく歩くと洗馬宿への入り口があります。信濃追分で分かれた善光寺街道と再び合流して洗馬宿に入ります。P0200618 あふたの清水(湧水)でひと休みです。稲刈り風P0200624 景を眺めながら木陰でのんびり休むと「さぁ、この先もがんばろう」と元気が湧いてきますManzoku_2
 洗馬宿は、本陣跡などを示す看板だけて、他は、な〜んにも残っていませんZannen_2 宿を通過して牧野一里塚を過ぎると再び田畑が現れ、稲穂の黄金色と蕎麦の花の白色がパッチワークで広がっています。洗馬⇔本山間は3.3Kmしかないので、P0200635 蕎麦畑が増え始めたなぁと感じると、すぐ本山宿です。本山は蕎麦ぎり発祥の地と言われていて、宿の入り口にある「本山そばの里」でそばを食べることができます Manzoku_2 P0200664 そば好きの我が家にとって、こんな嬉しいことはありません。そばがき、そばもち、やきそば、せいろ・・・そばづくし&ビールbeerです。景色は良いし、食べ物はおいしいし、今日は、楽しく歩けますManzoku_2
Sbsh0015  昔の姿を所々に残している本山宿を抜けると徐々に山や川が迫ってきて、山間の道となってくると「是より南 木曽路」の碑です。いよいよ木曽路に入り、嫁さんが楽しみにしていた、五平餅に会えるチャンスも多くなるはずです。
P0200679  国道にそって歩き、少々疲れたので贄川駅のベンチで足を休め、水分を補給です。駅の先にある贄川口留番所跡を過ぎると、贄川宿です。この辺はJRの各駅停車が走っていない時間帯に塩尻⇔奈良井間を地域コミュニティバスが走っています。P0200688 嫁さんに「今日はもうやめて乗って帰る?」と声をかけると「もう少し歩く」との返事、元気いっぱいです。
 道の駅木曽ならかわに寄ると木のおもちゃ館に魅かれて嫁さんの足が止まります。P0200694 さまざまな木製玩具をじっくりと見ていました。
 再び歩き始めるとまもなく、間の宿であり、また漆器の街である平沢です。諏訪神社を抜けて宿の中心へ入って行くと古い町並みの姿をそのまま残しており、その一軒一軒が漆器の店です。P0200704 古の時代より伝統工芸に支えられた豊かな宿だったようで、現代も活気が感じられます。P0200706お金と時間にゆとりができたら、じっくりと漆器を見にきたいですねぇ。
 奈良井宿まではもうすぐですが、塩尻に戻るJRの時刻を考えると、今日はここで終了です。久しぶりの街道歩きでしたが、良く歩きました。

<今日の旅>
 約21.2Km
 21,000歩(←距離からすると歩数が少ない!万歩計不調?)
 8時45分
15時50分

  塩尻大門⇒洗馬宿(31次) 5.1Km
  洗馬宿⇒本山宿(32次) 3.3Km
  本山宿⇒贄川宿(33次) 7.8Km

  贄川宿⇒平沢(間の宿) 5.0Km

Tenmonnen_5

今年は世界天文年です

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2008年6月21日 (土)

中山道11日目 下諏訪⇒塩尻

Sbsh0026  下諏訪駅横のJRバスの駐車場にGolfとめました。国鉄時代のツバメのマークと、サンケイからヤクルトに移った頃のアトム。昭和をしのんで記念写真です。

0001_3  さて今回は、下諏訪宿の中山道と甲州街道の分岐が出発地点です。所々に温泉が湧いていて、湯の町、下諏訪を感じながら通り抜けていきます。住宅街に入ると、時には人とすれ違うのも困るほどの路 地も通りますが、それでもそこは、中山道のようです。車の通りも殆んど無く、徐々に徐々に塩尻峠に向かって登り坂になってはいますが、のんびりと歩くことができます。
 突然、岡谷ICのわき出て、ここからは坂が急になります。振り返ると家並みの向こうに諏訪湖が見下ろせます。次第に気温が上がり、体力が消耗し始め、石船観音で一休みです。うっそうとした木立の中から湧き出す湧水でのどを潤しました。
0001_4 塩尻峠へ向かって、一直線に道は登っていきます。暑いし、斜度はキツイし・・・塩尻峠へ の登りは和田峠越えよりもきつかった 03zannen そんな辛い峠の登りで 01manzoku 嬉しい出来事が一つ 01manzoku 国蝶のオオムラサキに会ったのです。写真に撮ることはできませんでしたが、紫色の羽をヒラヒラと輝かせながら、優雅に飛ぶオオムラサキに元気付けられたのでした。久しぶりにゼイゼイ言いながら登った分水嶺塩尻峠でした 03zannen 03zannen 03zannen
0002  下りも急で、どんどん高度を下げていきます。中山道は中央道みどり湖PAの脇を通り抜けます。時間も丁度良いので、ここのフードコーナーで昼食&休憩です。食後にはアイスも食べて元気回復です。その後も坂道をまたまた下り、塩尻宿に到着です。
 塩尻は、宿の外れに鉄道の駅を作った町のようです。宿の外れから約1.5Km、停車場線と呼ばれる駅へ続く道を歩き、塩尻駅で今日の旅を終えたのでした。
 はぁ、今日は、めちゃ、蒸しあつかったぁ・・・ 03zannen 03zannen 03zannen 6~9月は、暑くて歩けないから、中山道の旅は、秋まで休止かな?

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2008年5月 5日 (月)

中山道10日目 和田⇒下諏訪

 諏訪大社秋宮の近くにGolfをとめて、和田宿までタクシー(8,000円+有料トンネル代600円)で移動です。和田に向かう車窓から、どの辺りにトイレがあるかな?自販機は?バス停は?と様子を見ます。随分と乗り出があり、歩き通せるかな???とちょっと不安でしたが、今日の天気は曇りで午後は雨。気温も20度以下と歩きやすいコンディションです 01manzoku_2

0001  845分、和田本陣前を出発です。峠に向かって道はずっと平らか、もしくは上り坂です。ほとんど国道の歩道を歩きます。唐沢入口では、京都に向かって国道の左側に入る道があり「和田峠」への矢印があります。そこから国道を数十メートル先に進むと、今度は右へ入る道があり、どうやら唐沢集落へと続く道のようです。???と0002 悩んだ末に私たちが通ったのは、右へ別れる道でした。唐沢集落内の茶屋本陣の前を抜け、国道と合流すると唐沢の一里塚があります。そこには、左後ろから合流して来る道に対して、和田宿への看板が???国道を挟んでどちら側が中山道?わかりにくい唐沢近辺でした。

 旧国道と和田トンネル有料道路が別れる所から、和田峠へ向かう山道になります。山道0003 の入口で一休みして、1020分、出発です。落葉がフカフカしていて歩きやすい道をのんびりハイキング気分で登って約30分で接待茶屋跡に着きます。ここは接待茶屋を復元してありますが、道路の反対側に建っている店も含めて、全くの無人です。湧き水があり、ポリタンクに水を汲む人が列をつくっています。名水?のようです。

 接待茶を出て約15分で避難小屋(トイレあります)を通り過ぎ、東0004 餅屋一里塚、潰れた?キャンプ場(青少年旅行村)の次に現れたのは、東餅屋立場跡に建つ現代の峠の茶屋東餅屋です。看板はハゲ、屋根はビニールシートで補修され・・・でも営業していました。峠の力餅と味噌こんにゃくとビールで力をつけます。力餅も味噌コンも疲れた体には、とても美味しく感じます(もちろんビールも)昨日お会いした男性一人旅の方にもここで休んでいました。唐沢では京都に向かって左側の道を入り、道に迷って3時間近く余計に歩いた・・・と疲れた表情です。う~ん、やっぱり唐沢周辺は要注意のようです。

 茶屋のご主人曰く「この分だったら、3時半か4時には下諏訪に着くよ」とのこと。0005_2 しかも峠の頂上まで「あと10分か15分ぐらい」とのこと。それを聞いてすっかり元気が出てきた私たちは、125分、茶屋を出発したのでした。
 出発してすぐに、予期していた雨が降り出し、合羽を着て歩くことになります。スキー場脇を登りきると、旧中山道の古峠に出ます。15分じゃあ来ませんでしたが、合羽を着たりしながらも、20分間で登ってきました。古峠は霧の中、雨も降り、風も吹き、のんびりとする間もなく、1230分、下諏訪宿をめざして峠を下り始めました。なだらかでのんびりした草の生えた優しい道と云う和田側とは打って変わって諏訪側は、傾0006 斜が急で、岩がごつごつとしていて、道は狭い、荒々しい道です。急坂に足を取られないように気をつけながら峠を下り、石小屋跡を通り過ぎて西の餅屋跡までは40分ぐらいでした。国道を横切った西餅屋一里塚からは、道幅も一層狭くなり、左側の急峻な崖の下は深い谷になっています。雨で濡れた石が滑るので、谷底へ落ちないように慎重に歩かなければならない所が、何箇所かありました。
 国道と合流してからは歩道も無く、狭い路側帯を歩きます。車すれすれに歩くようになるのですが、大型トレーラーでさえ私たちを見るとちょっと反対車線側によって、少しでも離れようと避けてくれ、とても助かりました。04okotteru 神姫観光バスの2台だけは、わざと幅寄せしてきて、引っ掛けられる!と思った位、ぎりぎりを通っていきました。信じられないくらいたちの悪い運転手を使っているバス会社です04okotteru 桶橋茶屋本陣跡0007 の前後は国道から離れて、車を気にすることなく、のんびりと歩けます。その後、再び国道に戻りますが歩道もあり、車に怯えることも無く歩くことができました。
0008  午後2時半、六峰ドライブインに到着です。ここまで来れば下諏訪まで約1時間?まさかこんなに早く着くなんて!もっとかかると思っていたし、もしかしたら途中でタクシーを呼ぶのかな?と思っていたので、良く頑張ったなぁ!とビールで乾杯です。0009 しかもこの六峰食堂の地下には、源泉かけ流し、加水・加温・消毒なしの六峰温泉があります。別途、入湯料を支払い、温泉につかり疲れを癒したのでした spa

 ちょっと湯当たりしたかな?疲れが出ちゃったかな?とフラフラしながら歩いていた嫁さんですが、御柱祭の木落としの場所にひょっ0010 こりと出たもんだから、一気にハイテンションになり、急斜面を覗き込み、御柱に乗ってポーズをとって楽しんでいました。

 この頃には、やっと雨も上がりました。下諏訪宿はあっちこっちで水が湧き、湯が湧き出ています。0011 児湯以外にも公衆温泉を見つけ「今度はこっちも入ってみよう」と思うのでした。

0012  午後5時、秋宮に到着。今回は、とにかく良く歩きました。和田峠を1日で越えられたのも、2日間で下諏訪まで来られたことも、予想外でした。歩くごとに、歩き方が上手くなり、歩く早さもあがっているようです。

<今日の旅>

 21.5Km 約39,500歩

  和田宿⇒下諏訪宿(29次)21.5Km

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2008年5月 4日 (日)

中山道9日目 塩名田⇒和田

0001 嫁さんを連れて冬期の和田峠越えは難しいので、中山道の旅を休んでいましたが、季節も良くなったことなので、再び歩き始めることにしました。しかし、この先の和田⇔下諏訪の間は、中山道の最高地点であり難所である和田峠を挟んで二十里半もあります。ここを1日で越えられるのか?塩名田から和田まで行く間にも、いくつかの坂と笠取峠を越えなくてはならず、どのくらいのペースで歩けるだろうか?と云う体力と時間を考えた行程が0005求められます。また、望月や和田などへのアクセスは悪く、歩き終わった後、どこに泊まるのか?どうやって移動するのか?などの問題もあります。中山道一の難所と言われた和田峠ですが、現代の旅でもやはり一番の難所です。

 望月の商工会館にGolfをとめました。ここには24時間使える公衆トイレもあるので助かります。望月から出発地の塩名0003田まではタクシー(約3,000円)を使い、いよいよ旅の始まりです。6時15分、歩き始めました。本陣を通り過ぎ、千曲川を渡り、しばらくするとすぐに八幡神社(公衆トイレあり)です。 彫りの素敵な本社は室町時代のものだそうで、じっくりと見学してきました。八幡宿はあっという間に抜けて、瓜生坂の一里塚を過ぎると望月の宿に向かって下り坂となります。8時15分望月宿到着です。
 旅籠山城屋(現旅館)で今晩泊まれないか?と尋ねたところ、OKとのこと。0006素泊まり2人9,000円で今日の宿を確保しました。(とりあえず一安心)

 再び歩き始め、望月の宿を出たところで、道に迷ってしまいました・・・中山道を歩いているらしい団塊の世代の女性一人旅と、同じく男性一人旅の方々も道に迷い、ウロウロ。畑の中を歩いたりしているうちに方向もわからなくなり、0007困ったぁ。農作業をしているおじいさんや、電動車椅子で農作業に出かけるおばあさんに道を尋ねながら、茂田井へ続く道へ戻ることができました 03zannen 2Km以上も遠回りです 03zannen
 間の宿茂田井は、昔ながらの雰囲気が残っています。茂田井にある大沢酒造には美術館と民族資料館があり、見学できます。歴代首相の署名があり、達筆?線が細い?貫禄あり?などと興味深く見ることができました。0008

 11時、芦田宿を過ぎたところで、一度国道に出て、ローソンで早めの昼食です。そばとお稲荷さんがセットになったコンビニ弁当&缶ビールを買い、駐車場の隅で車止めに腰掛けて休憩です。
0009  今日はあまりにも天気が良すぎて暑く、日焼けもしてしまい体力を奪われます。笠取り峠を上る松並木で、嫁さんがダウン!0010しばらくベンチで横になって休みましたが、まいった・・・笠取峠で峠乃茶屋に入ると、望月の宿を出たときに同じように道に迷っていた女性と男性も休んでいました。 今、思い返してみる・・・女性のたどった道が正解で、男性は反対方向へ、私たちは遠回りをしながらも元に戻った感じです。蕨のおひたしをつまみにビールを飲んでリフレッシュをするのでした。

0011  長久保宿に向かって道は峠を一気に駆け下ります。松尾神社の境内を通り過ぎ、長久保の宿に入ります。長久保宿歴史資料館で一休みです。板の間にゴロンと横になると疲れがどっと出て、ほんのひと時でしたが、昼寝タイムでした。

0012  午後1時半、元気を取り戻して、長久保宿を出発です。30分後「これより和田の里」と書かれた石碑を見て、元気を出した0013嫁さんですが、「是より和田宿」の石碑を見つけるまでに、 それから1時間もかかるのでした。容赦なく降り注ぐ日差しに苦しめられ、所々にある湧き水で日焼けした腕や首筋 0014_2 を冷やし、バス待ち小屋で休みながらの1時間半となり、午後3時50分、和田宿本陣で、今日の旅を終えたのでした。(和田⇒望月のタクシーは7,000円+送迎180円でした)

 塩名田から和田まで、一日半か二日の行程で考えていたのですが、まさか一日でここまで来られるとは予想していませんでした。歩くことが嫌いな嫁さんですが、良く頑張りました、ビックリです。

<今日の旅>
 約25Km 44,500
  塩名田宿⇒八幡宿(24次) 3.0Km
  八幡宿⇒望月宿(25次) 3.5Km
  望月宿⇒芦田宿(26次) 4.8Km(実際は道に迷って2Km以上も遠回り)

  芦田宿⇒長久保宿(27次) 5.7Km
  長久保宿⇒和田宿(28次) 7.8Km

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2007年11月25日 (日)

中山道8日目 沓掛⇒塩名田

0001  昨日の嫁さん、転んで膝を打撲したところが痛くて「今日は歩けないかも」と言っていましたが、とりあえず沓掛宿から出発してみました。0002_2 国道沿いに歩いたり、国道から脇に入った道を歩いたり・・・殆どがゆるい下り坂になっており、のんびり歩きました。どうやら嫁さんの足は大丈夫なようです。追分宿に入り、浅間神社の境内で一休みです。ここにはトイレもあり、碓氷峠越えの様なトイレに困ることもありませんでした。0003_2 (東海道を歩いていたときは気にかけなかったトイレの場所ですが、中山道は水分補給とトイレの場所をチェックしておかないと大変です)

 追分で善光寺街道と別れてすぐ右側に「中山道69次資料館」なるものがありました。ここは個人所有0004 の資料館のようで、館長さんである岸本豊さんが展示物等を詳しく説明してくださいます。中山道のこと、0005歌川広重と渓斎英泉という2人の浮世絵師の話などなど、 とても興味深いお話を聞かせていただきました。また岸本さんは、所々にあった緑の地に白抜きの文字で中山道と書かれたいた案内表示を製作&取り付けしたり、「中山道69次を歩く 究極の歩き方120」の著者でもあります。中山道を歩く方は、必見の資料館でした。(が、1時間半以上も時間をつぶしてしまい、このあとの旅程が・・・)

0006  背後に浅間山を望みながら、道は佐久平に向かって徐々に徐々に標高を下げていきます。大久保(御代田)の一里塚は、春には素晴らしい姿を見せてくれるのでしょう。見事な枝垂桜が植わっていますが、初冬の今は、その姿を思い浮かべるだけです。
0007  宿の雰囲気を残す小田井宿を過ぎ、佐久ICそばのBigBoyで遅い昼食です。岩村田は宿場の姿は全く残っていませんでした。すでに15時40分を過ぎ、日没まで1時間ほどです。0008 Golfは岩村田の駅前に止めてあるので、ここでやめるか、残り5Kmを歩いて塩名田宿まで歩いてしまうか?悩んだのですが、嫁さんの実家麻布十番にある浪花家の暖簾わけをした店を発見。たい焼きを食べれば力が0009_2 出るから歩けるということで、歩くことにしました。浅間総合病院を過ぎると四方が開けた佐久平のど真ん中を歩きます。暮れゆく周囲の山並みの美しさに魅かれながら浅間や立科などの山々にカメラを向けていると、いつの間にか日も沈んでしまいました。0010 塩名田まで行けばコンビニの1軒、食堂の1軒でもあるかな!と期待していたのですが、塩名田にはなにも無し。う~ん、トイレにも行けない!困ったもんだ・・・
 調べておいたタクシー会社に電話を入れ、塩名田の交差点まで来てもらい、岩田村の駅へ戻ったのでした。

<今日の旅>
 約20Km 31,383歩
  沓掛宿⇒追分宿(20次) 4.2Km
  追分宿⇒小田井宿(21次) 5.0Km
  小田井宿⇒岩村田宿(22次) 4.7Km
  岩村田宿⇒塩名田宿(23次) 5.0Km

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2007年11月24日 (土)

中山道7日目 横川⇒沓掛

 いよいよ碓氷峠を越えて信州へ入りますが、どうやってアプローチして、どうやって抜けるかが問題でした。高崎をベースにして信越線で横川に入り、峠を越えた軽井沢から新幹線で帰ってくるのが一番良いのでしょうが、交通費が高くつくのが無駄のような気がしてなりません。私が選んだのは、信州側に車を止めておき、軽井沢発7時5分の横川行バスを使う方法でした。軽井沢の駐車場代は高いので、御代田の駐車場にしました。0001_5

 朝食を摂っていなかったので、横川駅前のドライブインおぎのやで、釜飯を食べるつもりでいましたが、ここで大きな誤算が!以前は24時間営業のドライブインでしたが、今は内装も綺麗に変わり、朝8時オープンになっていました。開店まで約30分近く時間を潰し、予定外に遅れた朝食を摂るのでした。

0002_4  横川から歩き出してすぐに碓氷の関所です。ここから峠までは延々と登りです。坂本宿は山に向かって真っ直ぐ続く坂道の真ん中にあり、江戸時代の面影を残す建物が残っていました。0003_2 宿を過ぎて中山道口バス停のベンチで身支度を整えたら、バス停脇の小径を暗い森へと入っていきます。ここからは本当に旧中山道(いちにちじゅうやまみち)なので、いつものウォーキングシューズではなく、今日は軽登山靴です。眺望のきかない木々の間をただただ登っていきます。0004 こりゃ春から秋にかけては枝と虫に行くてを阻まれて歩きにくそうで、雪が降る前の晩秋が登りやすそうです。木々の間から眺望が開けたところがその名のとおり覗(のぞき)という場所です。眼下には先ほどの坂本宿を見下ろすことができますが、その風景を楽しむこともしないよめさん・・・今日はなんとなく、嫁さんの動きがおかしい・・・どうした?と聞いても特に返事なし。0005 なぜかそわそわしながら歩いています。その原因は弘法の井でわかりました。柱に貼ってあった「熊出没注意」を見て、怖くなったそうで・・・。0006 熊鈴として風鈴をぶら下げて歩いているから大丈夫、と言っても、出たらどうする!遭ったらどうする!の一点張り。変なことを気にする嫁さんです。
 刎石山(はねいしやま)まで登ってしまうと、あとは尾根伝いです。旧信越線のレンガ造りのアーチ橋を下に眺め、ゆるいアップダウンを繰り返しながら、徐々に標高を上げていきます。子持ち山の南側を巻くと和宮道と分れて左の細い山道に入ります。小さい沢を越えると最後の登りがしばらく続き、やがて峠に到着です。
(中山道口から峠まで3時間20分でした。ここ0001 までの間、トイレはありませんので、雉打ち・お花摘みです。)

 茶屋で一休みです。ビールで乾杯し、餅を食べて力を入れました。峠の登りは「きつかった」そうで、「箱根を越えたし富士に登った女だよ」と自慢していましたが、「一番きついのは、ここ碓氷の峠。これからは、碓氷を越えた女だよと自慢するんだ」と訳のわからないことを言う嫁さんでした。

0002  峠から軽井沢宿に向けての下り坂は、林の中に残るわずかな踏み跡と、所々にある案内板だけが頼りです。0003 小さな沢を渡ったり、これで良いの?と思う所もありますが、やがて別荘地帯に入り、軽井沢銀座に出ます。 本陣も旅籠も一里塚もなにも残っていない軽井沢宿は、私たちのような者は場違いです。おしゃれな格好をした観0004_2光客の雑踏を縫うようにして歩くのでした。

 峠の登りで3回ほど転んだ嫁さんは、気持ちも体もボロボロで、フラフラしています。もう歩くのは限界のようで、沓掛宿着16:10。今日の旅を終えたのでした。

<今日の旅>
 約17Km 30,785歩 今日の歩数を見る
  横川⇒坂本宿(17次) 2.4Km
  坂本宿⇒軽井沢宿(18次) 9.6Km
  軽井沢宿⇒沓掛宿(19次) 4.5Km

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2007年11月 4日 (日)

中山道6日目 高崎⇒横川

0001_2  朝、なんとなくのんびりとしてしまい、出立は9時でした。本陣も脇本陣も無く、旅籠も殆ど無かったという高崎宿。昔の面影を全く残さない街でしたが、観音様を眺め、達磨作りを見学しながら歩きます。富岡の茶屋本陣飯野家に来て、初めて江戸時代の名残に触れるのでし0002_2 た。無料で開放されていて、案内の方が細かく解説をしてくださり、保存状態の良い屋内も綺麗な庭ものんびりと見学することができました。NHKの街道てくてく旅の撮影隊は「声0003_2 をかけたのに『急いでいるから』って寄っていかなかった」そうです。江戸時代からの贈り物である旧街道を歩く番組なのに?何を取材して??何を映像に残したいのか???全くもって理解不明の税金の無駄使い集団です。

1  藤塚に残る一里塚は、片方だけですが、とても大きくて立派です。碓氷河畔に立つこの木の下で昔の旅人も休んだのでしょうか。0006

 八幡の八幡宮参道に立つ大鳥居の前を通り過ぎ、その後もひたすらひたすら歩き続けて板鼻宿を過ぎて、碓氷川を渡って安中駅前で昼食休憩をとりました。ここは国道沿いにファーストフード店が並んでいるので、休む のには丁度良い場所でした。

0007_3 安中宿を通り過ぎると原市の杉並木に出ます。殆どの木が朽ち果ててしまったそうですが、400年の月日に耐えてわずかに残った杉は、それはそれは大きな大きな杉です。木に顔をこすりつけて木のぬくもりをしばし味わうのでした。

0008_2  松井田宿のほぼ真ん中「どっと混むイベント広場」の前で一休みです。宿の京よりにある歩道橋の下には綺麗な公衆トイレもあって、休息する場所には困りませんでした。
 松井田の宿を出るとJR西松井田駅があります。今日はここで終わりにするか?それとも横川まで歩いてしまうか?すでに16時をとっ0010_2くにまわっています。横川に着くのは18時??辺りは真っ暗???と悩みましたが、私も嫁さんもまだ歩ける! 次の坂本宿から軽井沢宿への山道を考えると、今回は横川まで行っておくほうが得策!と云うことで、歩き続けることにしました。

0009  五料茶屋本陣に着いたのは16時50分。入館は16時30分までだそうで、残念。ま、そうのんびりもしていられない!あたりはすでに暗くなり、闇が迫ってきています。歩調を速めましたが、上り坂、下り坂、また上り坂・・・それ程急な坂でも、長い坂でも無いのですが、暗闇の中の坂道は嫌なものです。道の脇にまだ新しい「熊出没注意」の看板を見つけた嫁さんは、より一層、心細くなったようでした。

0011  すっかり日が暮れて夜道を歩き、18時40分、横川駅前に着きました。いや~今日は良く歩いた!東海道を歩いていた時の「約32Km/50,624歩」に次ぐ大記録。帰路、アーバンライナーのグリーン席で峠の釜飯を食べながら「頑張ったね」とお互いに誉めあったのでした。

<今日の旅>
 約29Km 44,000歩 今日の歩数を見る
  高崎宿⇒板鼻宿(14次) 7.2Km
  板鼻宿⇒安中宿(15次) 3.3Km
  安中宿⇒松井田宿(16次) 9.6Km
  松井田宿⇒横川 9Km

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2007年11月 3日 (土)

中山道5日目 本庄⇒高崎

 湘南新宿ラインのグリーン席は満席でしたが、やっと1階に席を見つけて・・・初めて1階席に乗りました。駅弁を食べて、朝刊を読んで、ひと眠りして・・・それでもまだ本庄には着きません。あ~遠くまで来たもんです。0001

 本庄駅に着くと祭囃子が聞こえてきます。駅前ロータリーには山車が出ていて駅前通はお祭り気分で賑わっていました。毎年11月3日は本庄祭りだそうで、中山道には屋台が並び、もう少し遅い時間だったら楽しめたのでしょう。

0002  相変わらず旧跡が一つも無い、ふつ~うの町中をテクテクと歩いていると、バイク屋が1軒ありました。と、言っても、オイルの汚れと臭いに包まれたバイク屋とはちょっと違った雰囲気です。ウィンドウの中を覗くと、フロントフォークにもリアフォークにもサスペンションが付いていない初期型のモンキーが飾ってあるではないですか!ウォー懐かしい!!今日は中山道の旅だけど、じっくりとバイクを見るのを目的として再訪したい「MOTO‐STICKS」でした。

0003  浅間山古墳跡のコスモスは満開でしたが、嫁さんは「花よりチケット」です。誰だかのコンサートチケットが取りたいとかで、歩きながらチケットぴあやローソンチケットに電話かけまくりで「過去は振り返らない!旧跡なんて関係ない!!未来が大事!!!」と血相を変えながらひたすらリダイヤルを繰り返すのでした。

0004  埼玉県と別れ、神流川を渡って、いよいよ群馬県に入ります。 陸自駐屯地を過ぎると新町宿に入ります。しばらくすると「HARADA」と云うパンと洋菓子の店がありました。「うン?ここ知ってる!なぜ?」
 0005嫁さんの長姉Aちゃんが時々お菓子を贈ってくれるのですが、その中に入っているラスクが、そう!ここ!!ハラダのラスクなのです。う~ん、あの美味しい0010ラスクは、ここで作っていたのか!? さっそく店内に入って行く嫁さん。いつものラスクの他に、チョコで包んだラスクもあったよ!と買って来ました。店の斜め前は、新町宿の公園で、綺麗なトイレもありお 茶タイムです。のんびり休憩しながら、ラスクを味わいました。チョコが融けてしまうので、寒い季節限定だそうです。あ・ま~いのですが、美味しいです。のんびりと休憩をとった新町宿でした。0007_2

 その後もただただ歩き、常用している生DVD-Rの工場の横を通り、日光例幣使街道との追分を過ぎて倉賀野宿へ入りましたが、倉賀野宿も「その昔、ここに、こんなものが、ありました」と云う碑が立っているるだけでした・・・残念。

 倉賀野宿を越えると、もう高崎0008 宿は目の前です。今日泊まる予定のホテルに15時に到着。宿場まんじゅうを食べながら1時間ほど休憩した後で、前橋駅前にある「まえばし駅前天然温泉ゆ~ゆ」で一日の疲れを癒して、明日の旅に備えるのでした。(かけ流しの良い温泉でした)

<今日の旅>
 約23Km 32,500歩 今日の歩数を見る 0002_3
  本庄宿⇒新町宿(11次)  11.1Km
  新町宿⇒倉賀野宿(12次) 5.9Km
  倉賀野宿⇒高崎宿(13次) 5.9Km

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